朝日新聞大阪版2019年10月16日付にてご紹介いただきました。
下地記者、ありがとうございます!
北海道に暮らす老人2人の日常を撮った写真展「A RED HAT 赤い帽子」が大阪市北区の大阪ニコンサロンで開かれている。ひ孫とたわむれる。ラーメンをすする。ベンチで思いをめぐらす。2人のおだやかな表情からは78年前の事件を読みとれない。
写真家の高橋健太郎さん(30)=東京都=が、「ふつうの日常」を撮ったのは、「彼らがふつうの生活を送る人間だから」だ。
大学を出てフリーランスとなり、米紙ニューヨーク・タイムズなどに作品を発表している高橋さん。2017年5月、「共謀罪」法案をめぐる国会のやりとりに驚いた。捜査の対象について「写真を撮ったりしながら歩くなどの外形的な事情が認められる」などと金田勝年法相(当時)が答えたからだ。「僕もカメラを持ってうろうろ動き、怪しいと見られることもある」
治安維持法の再来とも称された「共謀罪」は翌月に成立した。その直後から、松本五郎さん(98)と菱谷良一さん(97)を北海道に訪ねる取材を始めた。2人は旭川師範学校生だった1941年9月に治安維持法違反に問われ検挙された。
25年に成立した治安維持法は、28年の目的遂行罪追加、41年の予防拘禁導入と膨らみつづける。共産党を壊滅させるという目的を果たした後も拡大解釈と乱用を重ねていく。ついには、社会のありようを見つめる作文や描画さえも「左翼思想」や「共産主義」とされて処罰対象となり、そうして松本さんと菱谷さんが罪に問われた「生活図画事件」も起きたのだった。
いまも続けている取材の中で印象的なのは、2人とも検挙される前は「治安維持法は国家に背いた人だけを捕まえる」と思っていたことだという。
菱谷さんは出所後の43年、「アカ」と呼ばれることに反発し、妹の赤い帽子をかぶる自画像を描いている。ここから写真展の題名を取った高橋さんは「当たり前の日常を過ごしていたら逮捕された歴史を見ると、いまの僕らも日常生活を送っていて逮捕されることがありうる」。そんなおそれを、70点の展示作品に込めている。23日まで。(下地毅)